vol.03 第3号 2009.7.31

巻頭言

知識社会のITサービスとデザイン思考
多摩大学大学院教授 KIRO株式会社代表
NTTデータ システム科学研究所アドバイザー


紺野登


ITサービスにとって、デザインがきわめて重要にな っている。下記では、背景としてのデザインと経営の 関係の系譜、ITサービスのデザイン、そして、企業、 組織が習得すべき方法論やスキルとしてのデザインの 問題、さらにデザインの産業における可能性や新しい 動きについて述べたい。

ディマンド・サイドの発想へ

21世紀に入り、市場や経営のパラダイムは大きく変 化した。すなわちモノづくり一辺倒から、モノや技術 を経験やサービス(注:すでに日本のGDPの7割以上を 占める)を通じて、いかに顧客や市場に提供できるか という時代になった。サービスとは顧客の現場からの 価値創造であり、これはディマンドサイド(需要論 理)・イノベーション、あるいはディマンド・サイド へのシフトを求める。そこでは従来の競争的イノベー ションやモノづくりとは逆の発想が求められる。 例えば、カローラは90秒に1台生産されるが、果たし て今、そうした効率性がユーザーにとって便益となる 時代だろうか。実際、ハイブリッド車や電気自動車は、 モデルチェンジ型ビジネスとは対極に、社会最適なモ ビリティ、あるいは環境の持続性を志向する。競争戦 略や効率追求の論理ではない方向にマーケットが大き くシフトしている。
また、世界のGDPを見ると、1980-90年代を通じてい わゆるG7など先進諸国が世界の富を握っていたが、21 世紀に入るとBRICsなどの新興経済国家群が急速に伸 びはじめた。その背後にあるのは急速な都市市場の拡 大、そこから生まれる諸問題である。実は環境問題も、 その主要因の一つが都市化である。
こうした状況にあって、人間と人間を取り巻く社会 や環境の変化を第一義に配慮 すべきだということで、デザ インが注目されるようになっ ている。デザインの役割も大 きく変わっている。つまりデ ザインは需要創造を担うディ マンド・サイドのソフトの方 法論となり、従来の工業デザ イン中心のサプライサイド (=製品供給論理)のデザイン ではなくなってくる。当然以上のような変化や視点は ITサービス業にも影響を与えるだろう。
これまでも経営上、デザインは非常に重要だった。 ソニーの初代デザイン部門長でもあった大賀典雄氏は 「差別化の究極はデザインしかない」と言い、Appleの スティーブ・ジョブズは「デザイン以上に意味がある ものはない」とまで表現した。これはもちろんモノの デザインに限ったことではない。
昨年のグッドデザイン賞では新たにサービス・シス テムなどが受賞対象として設定され、NTTデータの FairCastが受賞した。それは50年続いてきたグッドデ ザイン賞が、「モノのデザインからコトのデザイン」に 変わる現われであり、同賞がディマンド・サイドの発 想に変わろうとする証左である(図1)。これは産業自 体が同様の変化をしていることと呼応している。モノ とサービスを分けるのでなく一体で考えなければなら なくなっている。例えばiPodには、iTunesというソフ トウェアやiTunes Music Storeというサービスがあ る。人々は、これらが三位一体となっているからこそ iPodを買う。モノだけではなく、ユーザの経験、その 背後にあるビジネスプラットフォーム、これらを融合 して考える必要がある。


図 オフショアの種類 図1 2008年度グッドデザイン賞受賞例:
NTTデータ「FairCast(R)」−子ども安全連絡網

デザインと経営の系譜

ここで、20世紀のデザインの歴史を大きく3つのフ ェーズに分けて説明しておきたい(表1)。デザインは いずれもきわめて大きなインパクトを企業や産業にも たらしたが、そのことが強く認識されていないのも事 実である。デザイン・センスのある企業や経営者だけ がそれをフルに享受してきたともいえる。


表1 デザインの役割(重点)の変化

1) コスメティックなデザインの時代
1930年代、ゼネラルモーターズは黒一辺倒のフォー ドT型に対して、色や形で差別化することで消費者の 購買欲を刺激し、モデルチェンジというビジネスモデ ルを生み出して大きく伸びた。ただし、この時代のデ ザインは、「すでにあるモノに化粧をする」域を超えて いなかった。もちろんこうしたデザインはいまでも続 いている。

2) 形態創造デザインの時代
1970-80年代になると、「それまでなかった機能に形 を与える」というデザインが出現する。デザイナーは、 新しいIT技術をモノとして具現化するために、人間の 文化や社会、生活の中の隠れたパターンをすくい上 げ、それを用いてある意味、メタファーを付与した。 たとえば「マウス」。またコンピュータの「デスクトッ プ・メタファー」とは、デスクトップ環境をメタファ ーにしたデザインで、そこから今のWindowsのような ものができたわけである。

3) 経験デザインの時代
ラスベガスやディズニーランドの経験価値に代表さ れるように、モノではなく「経験をデザインする」時 代が今である。例えばITシステム(あるいはウェブサ イト)を使うユーザがどのような経験をするのか、そ れをデザインする時代に入ってきた。それはいわゆる 付加価値発想とは大きく異なる。例えば携帯電話にワ ンセグ機能を付けるといった場合、それが付加価値発 想(注:コモディティ化を避けようと他社から模倣さ れにくい新たな付加価値を提供して競争する供給者側 に寄った論理)のレベルであれば、結局テレビをわざ わざ見ないなら買わない、となる。しかし、iPodや iPhoneでは、YouTubeなどの動画サービスは他のアプ リとともに、一貫したユーザ経験として提供されてい る。ユーザが求めているのは、この「経験デザイン」 (experience design)だ。

デザイン思考:価値のブレークスルーへ

そしてさらに今、我々はデザインをイノベーション に結び付ける新しいステージに入っている。例えばシ ステムを閉じた形で単独にデザインするのではなく、 ユーザがどのように使うのか、社会でどのように使わ れるのかという、オープンな関係性や経験、あるいは 「コト」における意味や役割の中で、デザインを考えて いく必要がある。
そこでは、ITサービスとのかかわりも強くなってい く。それはコトのデザインが先行し、そのコト、つま り社会や生活における行為や出来事の中に技術やモノ を埋め込むという視点の転換である。例えばSuicaは 当初改札業務の効率性を目的としたが、意図せずし て、人々が「駅を使う」行為(コト)をリ・デザイン したといえる。そこから駅ナカ事業など、次々に新し いビジネスモデルが展開されていった。それは都市生 活者の行為や行動を劇的に変革する、社会や経済にお けるトータルな価値を提供するためのデザインの観点 である。効率化や改善だけでなく、価値のブレークス ルーを誘発する、新しい喜びや驚きや関係をデザイン する時代に入ってきたのである。
具体的にどうしたらいいのか。そこでは知識創造の SECIモデル(暗黙知と形式知の相互変換)に沿ったコ ンセプトづくりあるいは知識づくりと、デザインが融 合する、「知識デザイン」(knowledge design)の視点 を一つの考え方として提示したい(図2)。


図2 知識デザインの基本的考え方

例えばSE(システムエンジニア)は、(1)ユーザや 社会の現場を観察して暗黙知を獲得し、(2)その暗黙 知をコンセプトという形で形式知化する。(3)その形 式知をモデルやシステムとして体系化して、プロトタ イプ化する。(4)それをまた現場に持っていき、暗黙 知のレベルに内面化する。こうした知識創造のプロセ スと人工物としてのシステムの形成が同時に行われる ということである(図3)。


図3 デザイン思考

こうした知識デザインを組織としてどう学ぶか。そ の能力をどうメソッド化するかが、非常に重要になっ てくる。
ハーレー・ダヴィッドソンの社員は、お客さまと暗 黙知を共有するために一緒になってバイクでツーリン グしつつ観察し、そこから次のプロトタイプを出すこ とでイノベーションを続けている。ユーザと「場」を 共有し、共にプロトタイプをつくり、それをまたユー ザに試してもらう。このようにユーザの現場にいなが らにしてデザインすることが非常に重要な企業の能力 の一つになっている。
こうした能力をいかに身につけるか。日本能率協会 が昨年から始めた「ビジネス・エスノグラフィー (注:Ethnography民俗誌)」という教育プログラムで は、文化人類学的なアプローチで、顧客の中に入り込 んで観察をする。こうしたデザインの技法がITサービ スにも導入され、『日経情報ストラテジー』(2009年2月 号)の特集や、『DESIGN IT!』などITデザイン誌、『観 察工学』といった書籍として目にされるようになっ た。
しかし、デザイン思考はこうした技法だけでは十分 でなく、熟考したり、内省的な認知をするなど、綜合 (synthesis)の要素が必要だ。エスノグラフィー的ア プローチあるいは体験的な認知に基づくデザインと、 思考・内省に基づく統合的なデザイン、この2つを組 み合わせていくことが重要だ。こうした方法論を前提 にしつつ、エスノグラフィーなどを教育プログラムに 組み込んだりして、組織として身につけるべきだと思 う。

必要とされる社会的構想力

これからのデザインはどう変わり、どんな展開が可 能か。
経験デザイン、知識デザインとは、ユーザの課題を 知識や情報として獲得し、ある種の価値創造や問題解 決をするプロセスである。つまり、デザインは組織的 に共有されれば全体として価値を生み出すシステムと して作用するといえる。企業や産業にとっての価値の プラットフォームなのである。
ITサービス企業にとっては、その上に立って、社会 や世の中の潜在的、将来的なディマンドからシステム やサービスを提供することが重要だ。そこで必要とさ れるのが、ソーシャル・イノベーションなどの社会的 構想力である。IT産業に限らず、技術だけでは有効な イノベーションは生まれない。社会の変化、社会や文 化、人間の変化から見なければ、イノベーションは起 きない(図4)。


図4 ソーシャルイノベーション;社会構想力

では、どうすればいいのだろうか。
知識をつくるプラットフォーム、技術やハードやソ フトや製品のアーキテクチャ、あるいはサービスのラ イフサイクル、こういったもの全部を含めたプラット フォーム上で、SEのような人間を中心に、価値創造や 問題解決を図る。結果、全体のデザインとして価値を 生む。こうしたイメージで、顧客の価値実現のために 有形無形の資産を活用する仕組みを追求するような、 デザインの戦略化、「場所化」が肝要である。
Accentureでは、シスコのテレプレゼンスの技術を 組み合わせてプラットフォームとし、顧客の課題をコ トとしてデザインし、提供している。Hewlett-Packard のDesign Workspace for'e-Clubsでは、オフィスデザ インの会社と協業して、デザインを生み出すワークス ペースを設けた。最近ではIBMがサービス・サイエン ス(経験デザイン)を提言していることなどが、一例 として挙げられるだろう。
こうした場を意図的につくり、組織横断的、あるい は組織間、顧客との間、パートナーとの間で、社会の 視点から見たサービスのデザインをしたり、意志決定 をする。
同様の重要な場の試みとして、今、私が取り組んで いるのがフューチャーセンタ(Future Center)であ る。フューチャーセンタとは、組織や社会のプレーヤ やステークホルダが知を融合し、開発・解決・革新を 図る「イノベーションの場」、「知を生み出す場」であ る。
皆で知恵を出し合い、新しい方法を編み出し、それ をまた皆で共有して具体化する。こうした動きは、北 欧を中心に世界的に広がりつつあり、政府機関や企業 がその地域のイノベーションを促進するためにフュー チャーセンターを設置している。オランダの社会安全 庁では、省内、省庁間、地域コミュニティとのコラボ レーションで、問題解決やシナリオ作成、政策実行の ための場として機能させている。そこではファシリテ ーションのソフトやリーダーシップが問われるが、興 味深いことにいわゆる日本語の「場(ba)」が注目を集 めている(図5)。


図5 社会からのデザイン:フューチャーセンター



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